エルツ山地の北部、チェコとの国境に位置する小さい街、ザイフェンに伝わる玩具の歴史の始まりは、数百年前にまでさかのぼります。 エルツ山地に錫鉱脈が発見されたのは13世紀。最も古い公式な記録は1323年となっています。錫の生産地として栄えたこの地方で 川床から集めた錫鉱石の粒を seifen (=洗鉱する)したところからこの村の名前はザイフェンと名付けられました。その後一大産業となった錫鉱業ですが、どの時代も鉱山の仕事で充分な収入を得る事は難しく、人々は農作業などとの兼業で生計を立てていました。17世紀に入り資源の枯渇、海外からの安い鉱石の流入がこの産業に打撃を与え、遂に1849年ザイフェンの作業所が閉じられ鉱山の歴史は幕を閉じました。

当時、錫の採掘のために近隣の山林を切り倒した木材を、燃料や木型として使用した、ガラス製品も作られていました。鉱山の仕事が衰退していくのとあわせるかのように、ガラス製造の仕事も減少していき、ガラス職人の多くは新天地を求めてこの地方を去っていきました。しかし、鉱山労働者からおもちゃ作りへと仕事を変えていった人たちが大勢いたように、ガラス職人のなかにはこの地に留まり、木工の仕事に職を変えていった人たちも多くいました。木を使用していたガラスの職人と木工の職人たちは、もともと近い関係にあり、人間関係が密だったことも木工の仕事への転職の動機になったと想像できます。こうして徐々に鉱山からおもちゃ作りへと産業が転換していきました。近隣の豊富な木材資源と、錫鉱石を砕くために使っていた水車の動力を利用し、ろくろ旋盤で木を削り出すおもちゃ作りのなかで、ガラスの木型製作工程から生まれたという説もある、より効率的なライフェンドレーンというこの地方独特の手法が生まれたのもこの頃だといわれています。

しかしこの地で発展した木製のおもちゃ作りも、ブリキのおもちゃの台頭、木材の値上がり、量産化のための品質低下など、常にさまざまな問題を抱えていました。街は豊かではなく、第二次大戦前エルツ山地の木製玩具は、主に外貨を獲得するためにアメリカなどへの輸出に回され、それを作っている地元の子どもたちの手にはなかなか渡りませんでした。ミニチュア製品が多く作られたのは、材料となる木材を有効利用するため、また輸出の際の関税が重量によって決められていたためでした。こうして年代を経るにしたがって、この地方で作られるおもちゃはどんどん小さくなっていったのです。 第二次世界大戦後、東独の社会主義体制下に置かれた1989年まで、小さな工房はそれぞれ家族単位で存続してきました。東西の壁の崩壊後、ザイフェンはおもちゃの街として一躍有名になり、今では年間を通して多くの観光客が国の内外から訪れるようになりました 。

特にザイフェンのクリスマスは有名です。民家や工房の窓々には半円形のキャンドル立て「シュヴィップボーゲン(Schwibbogen)」(写真5)がろうそくの光をつけて美しくかざられ、大きなクリスマスツリーやくるみ割り人形が街角に立ち、街全体が一体となってクリスマスを祝います。深い雪に覆われた街全体で、幻想的で夢のように美しいクリスマスが演出され、ザイフェンの街は、厳しい寒さにも関わらず、大勢の観光客でにぎわいます。2011年現在、ザイフェン及びその近郊のおもちゃ工房は約110社(街の人口は約2600人)、旧駅舎が近郊に残っていますが、まだ鉄道が通っていないのも、逆に魅力の一つのようです。自由経済になった1990年以降に、一部の人達が中国などで安価に生産する道を選び、ザイフェンの人達は混乱に陥ったりもしましたが、現在では、そんな事にはめげず、伝統を守り、ザイフェンのおもちゃ作りに誇りを持ち、ひたすら自分たちの物作りに自信と自覚をもって、日々精進している職人さん達が数多くいます。 おもちゃの題材としてもよく登場する街の中心にある教会に見守られ、昔からほとんど変わる事なく、それぞれの工房では、代々受け継いできたおもちゃや、新しく生み出されたおもちゃが、作り続けられています。 教会のすぐ近くにある玩具博物館や野外博物館では、展示されている玩具や、再現された工房の様子などから、ザイフェンの長いおもちゃ作りの歴史に触れる事ができます。


参考文献: 
・WERNERカタログ
・Konrad Auerbach, Erzgebirgisches Spielzeugmuseum Seiffen Museumsfuehrer, Erzgebirgisches Spielzeugmuseum Seiffen,2000.




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1. ザイフェンの位置
2. ザイフェンの風景 中央に教会
3. 教会と街並のミニチュア
4. 大きなくるみ割り人形
5. ザイフェンが発祥地のシュヴィップボーゲン
6. 天使と鉱夫のキャンドルスタンド


画像 3. 『Holzspielzeug aus dem Erzgebirge』1991年Christoph Grauwiller著より
    5.6. 『Seiffener Weihnacht』1991年Erzgebirgisches Spielzeugmuseum Seiffen 刊より


 

 








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