HELLER   

HELLER/ヘラー社
ドイツ

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 ・ヘラー社とは 

 ・ヘラー社の歴史

 ・ヘラーの哲学 

 ・ヘラー社を訪ねて 

 ・ヘラー社製品の紹介

基本データ

2004年 11月作成

追記ー1

2008年 8月作成



ヘラー社とは

ドイツ西部、一面のぶどう畑が広がるモーゼル川とベルギー、ルクセンブルグに挟まれたアイフェル(Eifel)地方は森と湖、中世の町が点在する地域です。ローマ時代の遺跡が多く残るドイツ最古の街、トリアー(Trier)からケルンへ北上していく途中に美しい村Dreis−BrueckにHeller社はあります。周囲は森と火口湖が点在する空気の美しい地帯です。
ヘラー社の商品は開発から生産に至るまで全て一貫して自分の工房内のみで製作されています。これは創業から70余年経った現在も変わっていません。従業員12人の小さな個人企業。素材はカバ、松、ブナなどの上質合板を使用しています。彩色は無害な水性塗料でおこなっており、全ては最新の安全基準(CE)に基づいて生産されています。伝統的な仕上げの技術とコストを惜しまない手作業、この2つがクオリティの高さを維持するヘラー社のものづくりの土台となっています。



ヘラー社の歴史
  

1927年

マグダ・へラー(Magda Heller 写真-1)はヴッパタール(Wuppertal)の美術専門学校で学んだ後デザイナーとして仕事をし、絵本なども手がけていた。ある時、夫人が幼稚園の壁面に描いた絵がきっかけとなり、ヘラー夫人がデザインを担当し夫ゲオルグ(Georg)と共に童話をモチーフにした壁飾りを製作する会社が1927年に誕生。ヘラー夫人の壁飾りはすぐに評判となり幼稚園や個人の顧客がふえていった。

1966年

第二次大戦後もヘラー社は生産を続けていたが、ゲオルグ・ヘラー氏の死去に伴い、この年、息子のラルフ・ヘラー(Ralf Heller 写真-2右)氏が会社を継承する事となる。インテリアデザイナーであった彼はコートラックや身長計、時計、ハンペルマン、モビールなど多くの子ども向けインテリア製品を開発し順次プログラムに加えていった。当初はひとつひとつ手で彩色していたが、時代の流れに伴い多くの量を高品質でつくることが可能なシルク印刷を取り入れるようになる。これにより輸出にも力を入れることが出来るようになり、北欧のデザインを思わせる彼の作品は、フランスやデンマークからの引き合いも多かった。

1970年

ラルフ・ヘラー氏がモビールを子どもの世界に取り入れることを発案。具象的な可愛いモチーフの切抜きを使用した彼のモビールは室内の気流でゆっくり動く。このモビールは見本市の会場で注目を浴びた。玩具業界にモビールを取り入れたのはヘラー社が初めてであったが、たちまち多くのメーカーがこれに続くことになった。

1973年

へラー社のアイテムがニキティキを通して初めて日本に上陸。コートラックとハンぺルマンと壁飾りのシリーズが当時の主な取り扱い商品。後を追うようにドイツやフランスの競合メーカーが子ども部屋のインテリア商品の日本への輸出に乗りだした。
一方ニキティキにとってヘラー社の商品は、子ども部屋を楽しくするアイテム、クリスマスを飾るアイテムとして、徐々に欠かせないカテゴリーに育ち、両社の関係は年を追うごとに密接になっていった。

1980年代

安定した需要と供給が可能になりヘラー社は、業界でも信頼される中堅メーカーに成長。毎年あたらしいアイテムの開発で業界の注目を集め続けた。
表面的なデザインだけではなく、どんな商品を作るかという分野に2代目ラルフ・ヘラー氏はその才能を発揮。
また、1980年代にはアメリカの大手の通販会社に取り上げられ、大量の身長計とハンガーをアメリカに輸出した。この時期にヘラー社は会社の経済的な基盤を固めたといえる。

1997年

ラルフ・ヘラー氏はリタイア。息子、ヤーン・ヘラー(Jan Heller 写真-2左)氏が3代目となる。
木工職人であるヤーン氏は、木工作家を目指していたので最初は会社を継ぐことに戸惑いを見せていたが、次第に会社継承への意欲も湧き、今ではすっかりヘラー社3代目社長の意識をもち意欲的に仕事に取り組んでいる。リタイアした2代目ヘラー夫妻も、毎日工場での息子の作業を様々な形でサポートした。
3代目ヤーン・ヘラー氏も父親に似て、誠実な努力家。毎年デザイナーとして新しいデザインを発表するだけでなく、シームレスのような新しい技術やBIOの透明印刷インクを取り入れることにも意欲的に取り組んだ。

〈シームレスとは〉
木を貼り合わせる際、繁ぎ目が全く表面にでない加工技術。木工のマイスター資格を持つヤーン・ヘラー氏はヘラー社製品にこのシームレスの技術を取り入れ、職人たちを指導。シームレス加工した土台に更に新しいシルク印刷を重ね合わせることによって、木肌の美しさを生かした美しい製品が生みだされた。
どの製品を手にとっても繁ぎ目がない美しい仕上がりであるのは、常にハイクォリティを目指すヤーン氏の職人気質の現れと言えるだろう。また、彼の判断で取り入れた透明なBIOの印刷インクの使用で印刷後も木肌の違いが感じられる明るい仕上がりが可能になった。

2000年代

3代目ヤーン・ヘラー氏を中心に新しい世代のヘラー社の形が出来上がってきた。それぞれ家庭を持った二人の姉もこども達に手が掛からなくなったのでHeller社の中心となって働いている。ザビネ(Sabine Schmid)は組み立て作業のほかに販売、経理の担当、ウルリッケ(Ulrike Heller-Jung)は英語とフランス語が堪能なので、見本市には必ずヤーン・ヘラー氏と一緒に出かけ、輸出をはじめとする販売業務の担当。2代目ラルフ・ヘラー氏は徐々に作業や業務からは手をひき、デザインをしたり絵を描く時間が増えている。

追記 - 1

2008年

6月中旬、3代目ヤーン・ヘラー氏来日。ニキティキの見本市形式の展示会(HAUSMESSE)に参加。特別に初代のマグダ・ヘラー夫人( MAGDA HELLER)の手描きのカタログを撮影用に貸していただいた。ヤーン氏来日時と、手描きカタログについてはこちらをご覧ください。


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HELLER社の哲学

鮮やかな色彩とはっきりとした形をもつ芸術的なデザイン、ヘラー社のどの商品にもこの理念は息づいています。ヘラー社の哲学について現社長、3代目ヤーン・ヘラー氏はこう語っています。

「私たちの商品はこどもにとって魅力あるもの、そしてそこからファンタジーを生み出すようなものでなければなりません。こども達にはモチーフを通して古くからドイツに伝わるメルヒェンを知ってもらい、またそれらを使うことで〈何か〉をつかんでほしいと願っています。コートラックやハンガーを使いながらきちんと〈整理整頓〉することを自然に学び、時計によって〈時間〉という概念を体得することができるでしょう。身長計は自分自身の〈成長〉をしっかりと目で確かめ、実感することができるのです。」

ヘラー社独特の暖かみのある商品は、作り手が変わっても相変わらず根強いファンが多く、ドイツ国内はもとより他のEC諸国全般、スカンジナビア、アメリカそして日本とたくさんの国に輸出されています。


ヤーン・ヘラー氏の言葉

「私たちはこれから先もずっと美しい木製品作りにこだわって行くつもりです。廉価なプラスチック製や粗悪な木製品に負けないよう全力で仕事にかかわって行きたいと思っています。」

ヤーン・ヘラー氏は二人のこどもに恵まれ、自宅も工場の近くにあります。若いヤーン夫人も手の空いたときは工場での仕事にも少しかかわります。2004年に長女マーラ(Mara)は7才、長男フェリックス(Felix)は4才になりました。
こども達は緑に囲まれた自然の中で、そして3世代の家族ががお互いに求めたときは、いつでも助け合える恵まれた環境の中でのびのび育っています。そんな安定した明るい雰囲気の中だからこそヤーン・ヘラー氏の楽しい心温まるイラストが生まれてくるのかもしれません。


見本市

毎年2月に開催されるニュールンベルグの玩具見本市にヘラー社は30年以上毎年出展してきました。ブースは小さいのですが、競合メーカーとは一線を画した、可愛いだけでなくシンプルで格調高いデザインの商品群が、簡潔にディスプレィされ、ヘラー独自の世界を展開しています。その洗練されたレベルの高さは、玩具の中にも美しさを求める意識の高い世界のバイヤー達が認めるところです。




ヤーン・ヘラー一家



HELLER社を訪ねて

2000年の初冬、お招きをうけ、見学を兼ねて半月ほど生活させていただくことになり、初めてヘラー社を訪ねました。電車を乗り継いでケルンの郊外の小さな駅GEROLSTEINに到着すると、現社長 ヤーン・ヘラー氏(3代目)が出迎えてくれました。
車で約30分走るとKOBLENZ西部の小さな村に自宅と工場がありました。小さな村のため、車もほとんど通らず通行人も少なく、そこでは時は静かにゆったりと流れているように感じました。この村の先には、ドイツでも有名なGerolsteiner Sprudelというミネラルウオーターの工場がありこの一帯は空気も水もとても澄んでいる事で知られています。
到着後、工場の中を見学させてもらいましたが、想像していたより小さな工場でした。
入口を入るとヘラー社の商品が整然と並んでいて、小さいなりに見応えがあります。見ているだけでも楽しくなる雰囲気です。その後、木材の乾燥室や在庫置場を見せてもらい、プリント・仕上げの部屋とカッティングの部屋を見学しました。働いているのは、身内の人の他は近隣に住んでいる人たち数名。小規模ですが働く環境としてはとてもゆとりのある良い工場だと思いました。
翌日から少しずつ手伝わせてもらうことになりました。
朝早くから夕方まで全員がシフトにのっとって作業していました。皆さん手際よく作業を行っており、どんどん商品が出来上がっていくさまは、まるで小さいころ見たチャップリンの映画を思い出させるものでした。大きなシナ合板に印刷されたモチーフが10〜11枚ごとに重ねて見事にカットされてゆきます。カッティングに関しては、ヤーン氏と2代目のラルフ氏のみが行っており、カッティングの微妙で繊細な作業は会社の基となる大切な仕事だということを認識しました。

今回は、約2週間の滞在ということもあり、まず手始めに、ハンペルマンや壁掛けシリーズの入っている袋の封を止める小さなシール貼り。品番を書き込みながら、シールを貼っていく単純作業から始めました。印刷されたものではなく、一つずつ書き込んでは貼っていくという事に驚きましたが、たくさんの商品に囲まれつつの作業だったので、とても楽しく作業をすることができ、時間がどんどん過ぎてゆきました。

次にかかわったのは、モビールの作製作業。全てが手作業だったのにはまた驚きました。まず、全てのモチーフを棒に取り付けます。次に釣り糸を取り付けますが、このときはまだ固定しません。糸の取り付けが終わると、作業台にモビールを取り付けいよいよバランスを取って固定していく作業になります。コツというほどではありませんが、上から順番に作業していくとスムーズにできます。1つひとつ手作業で仕上げていくため、一個の完成品を作るのにかなり時間がかかってしまいます。さらに、接着剤が乾くまでは動かせないので、いっぺんに作れる数も限られてしまいます。出来上がったものを箱にセットするのも慣れれば簡単ですが、最初は戸惑いました。時々はこども達のお相手をしたり、村の中を散策したり、様々な簡単な作業や梱包などを手伝いながらの、2週間はあっというまに過ぎました。あくせくせず、自分たちのペースを守ってこつこつと作り上げてゆく毎日が、この工場では当然のように繰り返されています。北欧風のシンプルで美しい自宅のインテリアにも感心しました。
充実した、精神的にも豊かな彼らの生活を少し羨ましく思いながらの二週間でした。

HELLERというメーカーが三代続いてきたのは、支えてくれる親族が周りにいるなどの条件に恵まれているからだと感じました。これからも、代を継いで生き残るメーカーとなってくれることを願っています。(RN記)









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