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2008年6月中旬、ドイツのメーカHELLER社の3代目のオーナー、ヤーン・ヘラー氏(JAN HELLER、以下 JANさん)が来日されました。ニキティキとHELLER社とのお付き合いは、35年前の1973年、JANさんの父親で2代目のオーナーのラルフ・ヘラ−氏(RALF HELLER、以下ラルフさん)の時代に始まっています。このサイトのTOY MAKERのコーナーでHELLER社のことは少し詳しく紹介しています。今回のJANさんの来日は、国内のニキティキの取引先をお招きし、新商品を見ていただいたり、メーカーの情報を提供したりする見本市形式の展示会(HAUSMESSE)に参加して頂くためでした。今回は同じドイツのメーカー、nic社の2代目オーナーのゲロルド・ヘルテンベルガー氏(Gerold Hertenberger、以下Hertenbergerさん)と一緒に来日されました。(nic社は初代の社長の時代、1991年に輸出部長がニキティキを訪ねてこられたので、今回が二度目の来日になります)30年以上のお付き合いがあるにもかかわらず、HELLER社の来日は今回が初めて。HELLER社とニキティキにとって記念すべき出来事になりました。
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HELLER社のオリジナルカタログ
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今回 HELLER 社が展示会用に特別に貸し出して下さった初代のマグダ・ヘラー夫人( MAGDA HELLER 、以下マグダさん)の手描きのカタログは、人の心を惹き付ける見事なイラストが90点集められています。屋根裏部屋で長く保管されていたことが幸いしたのか、色も鮮明、線描きのやわらかいタッチもほとんどそのまま残っています。旧き良きドイツの雰囲気を伝え、子どもや花や動物を心から愛したマグダさんの思い入れと表現力の素晴らしさがまっすぐ見る人に伝わってくる見事な作品集です。
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●サイズ:幅 37cm x 高さ 36cm x 厚さ 9cm
合板に、PLAKA という銘柄の不透明水性絵の具を使用して彩色し、その上を透明ラッカー(ニトロセルローズ)で塗装仕上げがなされています。50年以上を経て一部損傷が目立ち、上塗りのラッカーが変色している部分もありますが、丁寧に描かれたイラストは、見る人の心を捉える素晴らしい魅力をもっています。
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参考:使われている合板はドイツ語では Flugzeugsperrholz =飛行機合板 と呼ばれる堅い仕上げの上質な合板です。
また、ニキティキが現在も扱っているエトマーの家の形のオルゴールは、このオリジナルカタログと同じ画材やラッカーを使用して制作されています。
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カタログの使用法
マグダさんは当時このカタログを2セット制作し、幼稚園を回ったり顧客を訪ねたりして注文をとりました。当初は頼まれた園の壁に絵を描いていたのですが、それがきっかけで合板に描いたものを切り出し、切り口にも彩色し販売することになったそうです。園の先生たちは好んで園の壁面をマグダさんの絵で飾りました。工房では、大勢の女性が絵の制作に携わっていました。輪郭やラインはオリジナルから写し取り、それに色付けする作業は彼女たちが受け持ち、目や顔の仕上げや微妙な線描きの部分は、必ずマグダさん自身が受け持ったそうです。
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1941年のヘラー社
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1941年当時はひとつずつ手で彩色
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手描から印刷へ
1960年代に入った頃には、コストの面から、手描きの制作はむずかしくなりシルク印刷での生産に移行。1964年にはニュールンベルグの玩具見本市に出展するほど生産のシステムが確立。でもまだ手刷りの印刷でした。1970年に入り始めて印刷機械での生産がはじまりました。技術はその後も進化を続けますが、モビールやハンぺルマンの製作など手作りの部分が多い生産の基本姿勢は、進化した機械や印刷インクを使用するようになった現在も全く変わっていません。
ニキティキがHELLERの商品を扱い始めた1973年には、すべてのアイテムがシルク印刷に移行していましたが、まだハンぺルマンやモビール、壁かけなど、いくつかのアイテムの切り口(こば)は筆で色が付けられていました。しかし経済的理由から、いつの間にか、こばの色付けが順に廃止されてゆきます。ただ、壁飾り(NTカタログ no. 396)はツリーのオーナメントという事もあって、8枚から9枚重ね切りした後、こばを表面の絵柄に合わせて筆で彩色する手作業が最後まで続けられていました。1980年代に入り、HELLER社はとうとう、すべての商品をこばを切り出したままの白木の状態で出荷するようになります。機械が進化してこばの切り口が美しくなったのもその理由の一つになりました。しかしニキティキがこだわり続けたので、日本向けの壁飾りだけは、特別に色付けが続けられました。当時、この壁飾りのシリーズは沢山日本の市場に普及したので、お手持ちの壁飾りには、もしかしたらこばに色がついているかもしれません。
1990年代に入る頃には、色塗りの達人だった職人のおばさんが年金生活に入ったため、こばの色付け作業は人件費が高くなりすぎ継続不可能になり、日本にもこばが白木のままの壁飾りが届くようになりました。価格競争がはげしい時代の流れの中で、多くの商品が徐々に本来の姿を維持できなくなる事を阻止できないのは、とても無念です。
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マグダさんの画才
1970年代以降、クラシックなマグダさんのイラストに加え新しいデザインが求められる時代がやってきました。マグダさんの画才は2代目の次男のラルフさんにしっかり受け継がれました。1970年から1990年代のHELLER社のほとんどのアイテムがラルフさんの手によるもので、洗練されたシンプルなデザインは、子供向けの可愛さを持ちながらも、子供にこびない高いレベルで統一されていました。アイテムも増え、ドイツだけでなく特にフランス、スカンジナビア、アメリカ、日本などで歓迎され拡がっていきました。今でもモビールや身長計の売れ筋にはラルフさんの手によるものが多いです。兄弟の多かったラルフさん。その中には現在も彫刻家として活躍している姉のアンカ(ANKA)さんや、優れた写真家として70歳を越えた今でも仕事を続けるグンヅーラ(GUNDULA)さんなど、アーチストの多い家族です。JANさんの二人の姉やJANさんの子どもたちの描く絵にも、マグダさんの才能が受け継がれていることが感じられる作品が多くあります。
3代目のJANさんのイラストは、モダンで遊び心が感じられる明るいデザインです。現代の若い家族にファンが多いのもうなづけます。洒脱な色使いは、やさしいJANさんの性格を反映しているようです。
以下、HELLER社から特別に許可を頂いたのでので、オリジナルカタログから童話シリーズのいくつかの原画をご紹介します。著作権(copyright)は HELLER社が所有しています。左がオリジナルカタログの原画、右が商品化されて現在も販売されている壁掛けです。(原画のうち左上1点のみはクリックで別枠に拡大表示されます。)また、下段に現在商品化はされてないものも少し選んでみました。マグダさんの豊かな世界をご鑑賞ください。
*無断の転載、転用は一切禁止されていますのでどうぞご注意ください。 copyright : Jan Heller e.K photo:下里幸夫
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●以下は商品化されてないもの(画像のうち左上の1点のみはクリックで別枠に拡大表示されます)
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●以下はニキティキの展示会でJANさんの通訳を引き受けてくださった横山さんのメイルからの抜粋です。JANさんの人柄がよく伝わってきます。
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私とは初対面だったこともあったのでしょうか、お客様からの質問に対して最初とても緊張して答えている様子だったJAN氏でしたが、お昼を過ぎるころからリラックスしてきて話がだんだんと面白くなってきました。なかでも、自分が主に担当している9枚重ねた板を切り出す作業については熱く語っていました。
「一応のカットラインは印刷されているものの、それはあくまでも目安。一気に切るライン、特にカーブの場合は切り出すきれいなラインのイメージをきちんと頭に描いておかなければならない。けれども、それは頭のなかでイメージするだけで、目と手は糸鋸に接している一点に集中する。そういうバランスが大切なんだ。スイス製の糸鋸の性能が高いのでカットラインをヤスリで後処理する必要がない。その代わり、回転式の糸鋸がローラーで回転させるために一本、45分間しかもたない。手際よくしないとね。」
また、デザインについては
「どの角度からみても、そして、色を塗らない白木の状態でも子供たちが形をきちんと認識できるデザインでなくてはならない」
とこだわりを語り、お客様から最近の若いおとうさんやおかあさんたちにはJANさんの作品が一番人気がありますよ」と言われると、
「HELLERの仕事を始めたばかりのころは父親とはちがうものを作らなくてはならないって力が入りすぎていたかもしれない。10年たって、デザインも色使いも、父とはちがう、でも父の作品と調和を保てる自分の世界が出来てきたと思う」
と嬉しそうに話していました。
そして、そんなふうに彼への気遣いを示してくれる優しい人たちを顧客に持っているニキティキに対して
「Bei Niki Tiki sind wir bei den Richtigen」『ニキティキと仕事ををしてきたことは良い選択だったことを確信した』とも。
戦時中、ドイツ軍の兵器庫として使われていたHELLERの工場が、敵のフランス軍が接近してきた際にドイツ軍自身の手で焼かれてしまったこと…。そして、祖母は10人も子供がいたけれど、長男を戦争で失ったことをいつも悲しんでいたこと…。そんな話を聴いているうちにHELLERの作品には平和への強い思いと毅然としたメッセージが込められているのかもしれないと私自身は感じました。
横山 洋子
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